従業員主導型学習:原則と実践
Updated March 2026
はじめに
学習する文化を取り入れた組織では、好奇心や知識の共有を促す環境が育まれ、ビジネスの成果につながります。学習する文化が根付いている組織は、仮に将来、社会で求められるスキルが大きく変化したとしても、従業員が新たなスキルを比較的習得しやすいので、競争優位性を保つことができます。また、従業員は成長の必要性を自分のこととして認識し、行動できるようになります。学習する文化を根付かせるための効果的な方法の 1 つは、従業員間での学習を促すプログラムを導入することです。従業員間での学習プログラムにおいては、実体験から得た知見を直接同僚から学ぶことができ、また、知識を伝える側の従業員も、教えることによって成長することができます。
Google で実施されているトレーニングの 80% が、「g2g」(Googler-to-Googler)と呼ばれる Google 社員同士のネットワークを通じて行われます。ボランティアによるこの教育ネットワークでは、6,000 人を超える Google 社員が自分の時間を割いて、同僚が学び、成長できるように支援しています。社内で「g2g’er」と呼ばれるこのボランティアでは、Google のあらゆる部門の社員が、コースの指導、1 対 1 のメンタリング、学習教材を構築するなど、さまざまな形態で参加しています。
g2g’er によって提供される一般的なクラスの多くは、交渉、リーダーシップなどの一般的なスキルのほか、セールス トレーニング、Python コーディングなどの特定職務に関連したスキルに焦点を当てています。また、多くの社員が新たなチャンスに結びつくスキルを身に付けられるようにサポートしています。たとえば、スマートフォンによるモバイル コンピューティングが爆発的に拡大した際には、元 Android チームの社員が開催した Android トレーニング ブートキャンプに数千人の社員が参加しました。
社員間で行う学習プログラムは「少ない労力で大きな成果を上げる」ことを目的としているのではありません。トレーニング予算を節約したり、参加を義務づけたりすれば、講師となる社員の反感を買い、指導はおざなりになり、受講者を混乱させるだけの結果に終わるでしょう。社員間で行う学習プログラムを導入する前に、見落としている点がないか考えてみてください。g2g プログラムが Google でこれほどの成功を収めたのは、社員が自発的に参加したためです。このような行動は、組織に根付いた学習する文化に支えられているのです。
学習目標を決める
あなたの組織は学習を通じて何を得る事を目指していますか?従業員間の学習プログラムを実施する事によって何を達成しようとしていますか?はじめにこうした問いを投げかけることは重要なことです。Google が目指しているのは、適切な学習の機会を適切な従業員に、適切なタイミングで提供することです。g2g に置き換えて考えてみると、コミュニティ主導の取り組みにより、質の高い学習の機会をより多くの社員に提供すること、といえます。
この目標は、これらの 3 つの軸をベースにしています。
- 勤務地、職務、在籍年数、等級にかかわらず、あらゆる社員が学ぶ権利を持つ。
- 学ぶことは会社全体の責任であり、Learning & Development(人材開発チーム)だけの責任ではない。
- 社員は、知性、能力、意欲を備えており、Google の学びの文化をいっそう育むことができる。
組織の規模が従業員間でのプログラム導入に適しているかどうかを検討しましょう。従業員同士で教えたり学んだりすることには意義がありますが、組織の規模によっては導入が難しい場合もあります。従業員の中から学習プログラムのファシリテーターを選出してトレーニングを行うのにはコストがかかります。従業員による学習プログラムの導入・運用コストと、同じトレーニングを他の手段(ベンダーや専任の従業員)で行った場合のコストとを比較しましょう。
従業員が提供できるプログラム内容であるかどうかを確認しましょう。コンテンツが、高度な専門知識を必要とする場合や、幹部向けだったり、あるいはデリケートな内容の場合は、専門家に依頼することも検討します。従業員であるファシリテーターに実現不可能な課題を割り当て、結果として失敗に終わらないようにする必要があります。
また、すべての学習を 1 人の講師が複数の受講者に対して教室で実施しなければいけないわけではありません。従業員間での学習プログラムが適していない場合でも、従業員がお互いの学びを助け合う方法は他にもあるかもしれません。たとえば、1 対 1 のメンタリング プログラムは非常に効果的です。また、従業員が自由に相談できるようオフィスアワーを設けると、専門知識を共有しやすくなります。
「学び」を組織文化の一部にする
従業員間での学習プログラムを成功させるには、継続的に学びを重視する姿勢を組織文化の一部として位置付ける必要があります。どのような業界においても、常に新しいことを学び、新たなチャンスを探し求め、新たなスキルを獲得していく組織文化は、従業員や組織にメリットをもたらし、業績にもよい影響を及ぼします。
Google の g2g プログラムの成功は、社内で育まれた学習する文化があったからです。g2g プログラムは、次に示す Google の軸ともいえる学びの哲学に則ったものです。
- 学びはプロセスであり、一過性の出来事ではありません。しかしそのためには、学ぶためのモチベーション、学んだ事を実践する機会、そして継続的なフィードバックが必要です。
- 学びの機会は現実の世界にあります。特に変化やチャレンジに直面したときこそ、学びの絶好の機会です。
- 学びは個人的なものです。学びのスタイルや取り組めるレベルには個人差があります。
- 学びは社会的なものでもあります。Google では、社員が同僚からアドバイスやサポートを受けられるような環境づくりを支援しています。
社員間での学びが組織文化の一部となるように Google が取り組んできたことの例として以下のようなものがあります。
- 上層部の強いサポートを得る: 大規模な取り組みの多くに見られるように、上層部からのサポートを得ることは必須です。学ぶことも仕事の重要な一部だと上層部が認識していることを、経営幹部の口から聞ける(できれば彼らが学んでいる姿を目にすることができる)ことが大切です。Google のある幹部は次のように述べています。「自分で学ぶよりも同僚に教わるほうが、より速く、効率よく学べます」。
- コアバリューに関連付ける: 社員の能力開発に表面的に賛同するのは簡単ですが、学習する文化の育成について真剣に考えているのであれば、それを組織の使命やコアバリューに結び付けましょう。そのうえで社員間の学習プログラムをサポートし、学習する文化に対する責任とオーナーシップを社員と共有します。これにより、学習する文化が組織の存在意義とどのようにリンクしているのかが、誰にでもわかるようになります。
- 早期に導入する: 学びは誰にとっても必要であり、重要な職務の一部であることを早い段階で明らかにし、新入社員向けのオリエンテーションに取り入れる方法を検討します。また、マネージャーには、新たなチームメンバーの学習意欲を育くむように指導します。Google では、新入社員(「Noogler」)向けのオリエンテーション プログラムに g2g のファシリテーターが参加し、さまざまなトピックのトレーニングを担当します。
「本来の仕事以外のことにやる気を持ってもらうには、どうすればよいですか?」という質問がよく g2g チームに寄せられますが、答えは簡単です。学びを通じて従業員たちがよい結果を出すことを信じ、必要なツールとフィードバックを提供し、全体におけるその仕事の役割を示したうえで自分は一歩引くのです。g2g チームが参加者を信頼し、必要なサポートを提供することを学習戦略の中心に据えた場合、参加者たちは常に期待以上の成果を上げてきました。
ファシリテーターの募集
ファシリテーターにふさわしい人材を見つけることは、従業員間の学習プログラムを成功させるうえで非常に重要です。同僚が成長できるよう自ら進んでサポートする従業員を早い段階で見つけることができれば、動機付けを行ったり、責任意識を持ってもらったりするための時間とリソースを節約できます。
ファシリテーター募集のためのヒントをいくつかご紹介しましょう。
- 教えることに興味があるか: 各部門のトップに、該当分野で一番優れた従業員を推薦してもらうのが良い方法と思われるかもしれませんが、実はそうとは限りません。ファシリテーターを引き受ける従業員には、教えることや、専門知識を共有することへの情熱が不可欠です。ファシリテーターに任命されたものの教えることに情熱を持てない g2g’er の評価は、ファシリテーターを自ら買って出た g2g’er の評価よりも低くなる傾向があります。そのため選考の一環として、候補者の能力だけでなく興味のレベルも評価する必要があります。
- 興味だけでは不十分: ファシリテーターを選ぶ際、教えることに興味があるかどうかを考慮することも大切ですが、興味がありさえすれば十分というわけではありません。教えることへの熱意と、該当分野の専門知識をバランスよく兼ね備えた人物を見つける必要があります。
- 面接: 教える内容に応じて適切なファシリテーターを選出することは、従業員間で行う学習プログラムを成功させるうえで非常に重要なプロセスです。候補者が経営幹部からの推薦を受けている場合でも、同じ選考プロセスを経る必要があります。
ファシリテーターのスキル開発
スキル開発は、プログラムの質と参加者のモチベーションの両方を高めるために必要不可欠です。ボランティアをしたいと考える人の多くは、通常、何か良いことをしたいと考えているものです。そのような人にスキル向上に必要な資料やサポートを提供すれば、トレーニングの質が上がるだけでなく、そうしたサポートを報酬そのものと見なしてもらえます。功績の評価と表彰
評価し、報いる
ファシリテーターにとって意味のある評価とはどのようなものでしょうか。たとえば、ファシリテーターの功績を上司に伝えることや、紙として印刷できる証明書、記念品の贈呈などが挙げられます。
ファシリテーターを表彰する例として次のような場合が考えられます。
- セッションのカスタマイズなどの新たな課題に取り組んだ
- ファシリテーター コミュニティの活動に積極的に参加し、他の従業員の参加を促した
- 新人ファシリテーターのトレーニング支援や、他のファシリテーターに対するフィードバックを行った
また、実施したセッションが 5 回、10 回などの一定数に達したり、参加者から 100% 満足のフィードバック スコアを獲得したなどのマイルストーンを設定して表彰するのもよいでしょう。ただし表彰によって参加意欲を喚起するような風潮を生み出さないために、こうしたマイルストーンは公表しないほうがよいかもしれません。
ファシリテーターの意欲を持続させるために、ファシリテーター全員が参加できるネットワーク作りについても検討してみてください。ファシリテーター同士が繋がりを持てる協力的なコミュニティを作ることは、長期的に見てもそれだけの価値があります。プログラム マネージャーが強力なコミュニティを育て上げれば、新たなファシリテーターの参加、コンテンツの更新、カスタマイズ対応などについて、コミュニティのファシリテーターに頼ることができるようになります。こうしたコミュニティは、メーリングリストの作成や、ファシリテーターによる定期的なミーティングを開くことで実現できます。ベスト プラクティス、コンテンツの変更、新規プロジェクトなどについて話し合うようファシリテーターに奨励しましょう。
見落としがちな注意点
Google でこのプログラムを立ち上げ、発展させるにあたり、g2g チームはさまざまな困難に直面しました。しかし、こうした困難から教訓を共有することで、チームはプログラムを改善し続けてきました。
参加の障壁を取り除く。g2g の立ち上げ当初、プログラムに新たに参加するには、ファシリテーターの品質確保という名のもとに設けられた多くの関門をクリアする必要がありました。参加まで最大 1 年かかったこともあります。どんな組織にとってもこれでは長すぎです。g2g プログラムの成長が、Google の拡大ニーズに追い付いていなかったということです。そこで g2g チームはある「実験」を行いました。g2g への共通の参加要件をすべて取り払い、代わりにプログラムごとの要件を導入したのです。その結果、ファシリテーターの参加はわずか 6 か月で倍増し、その品質も高いレベルで維持されました。その後数年かけてさらに多くの障壁を取り除くと同時に、より多くのサポートを提供することにより、ファシリテーターの新規参加を促し、スキルアップを支援しました。その結果、ファシリテーターの品質は、時間の経過とともに向上しています。素晴らしい成果を上げてくれるだろうと社員を信じ、失敗ではなく成功することを想定して、品質保証のプロセスを策定することが大切です。
上層部からは許可だけでなくサポートも得る。g2g を立ち上げた当初は、参加者の上司から参加の許可を得ることばかりを優先し、トレーニングへの参加を上司が促す事によって成功に導くようなサポートはあまり行っていませんでした。しかし、これは大きな誤りでした。許可を得ることと、サポートを得ることとは、まったく別のことです。社員が任意でこのようなプログラムに参加する事を支援する組織文化に変えていくには、何年もかかりました。私たちはマネージャーや上層部にさらに多くのデータを提供して、社員同士教えあうことが、個人や組織にどれだけの価値をもたらすかを示すことから始めました。その結果、今では、Google のマネージャーは「本来の仕事に支障がない限り」はプログラムへの参加を快諾しています。そればかりか、組織全体にメリットのあるアクティビティについては積極的に参加を促し、社員の業務量にも余裕を持たせるように努めています。組織が大きくなりすぎる前に、このような考え方がマネージャーに求められるものであることを明らかにし、マネージャー向けトレーニングに取り入れましょう。