デザイン思考でイノベーションを生み出す

はじめに
「デザイン思考」は、 建築家のブライアン ローソン氏やエンジニアの L. ブルース アーチャー氏、政治学者のハーバート サイモン氏などが最初に用いた手法で、現在ではあらゆる複雑な問題に適用できるプロセスへと発展しています。後にデザイン コンサルタント会社の IDEO を設立したスタンフォード大学のロルフ ファステ教授とデビッド ケリー教授は、いち早くこのデザイン手法を幅広く提唱し、問題解決に適用しました。この手法は、変化の激しい業界で一流企業が自社のポジションを再定義するような場合だけでなく、子供たちに健康的な学校給食を食べさせるといった社会問題の解決策を出し合うためにも使用されています。デザイン思考は現在、スタンフォード大学の d.school、HPI School of Design Thinking、ハーバード大学などで正式科目となっています。
Google では、イノベーション プロセスの重要なステップである創造的思考をチームや個人に指導する方法のひとつとして、デザイン思考を利用しています。
背景を理解する
- アイデアの創出: この段階で大切なのは、アイデアの質より量です。多ければ多いほど良いのです。完璧な解決策をひねり出すことより、まずあらゆる角度から問題について考え、可能性のある解決策をいくつか考え出します。この段階では、視点が多いほど良いとされています。情報の意外な取り合わせが新しいアイデアを生むきっかけとなることは、往々にしてあるものです。
- プロトタイプと実験: 複数のアイデアを出したら、体系的な方法でこれを絞り込む必要があります。ここで難しいのは、アイデアの良し悪しを見極めることです。プロトタイピング、つまりアイデアの初期バージョンを試作して小規模のグループで試してみることは、実際に何が使いものになるのかを確かめる優れた方法です。失敗から学び、アイデアを練り直します。この段階では、プロセスを前進させて最初のアイデアを改良するために、精神的なサポートと建設的なフィードバックが重要になります。
- サポート: 素晴らしいアイデアがあっても、サポートとリソースがなければ、それを次の段階に進めることはできません。イノベーターは、アイデアの実現力があることを意思決定者に納得してもらわなければなりません。その主張を裏付けるには、事前の実験で得たデータが役に立ちます。
- 実施: この時点で、アイデアは製品やサービスなど形あるものになります。しかし、製品化しただけでは成功とは判断されません。イノベーションは、影響力を示してこそ成功したといえるのであって、そのためには、組織にイノベーションが受け入れられる必要があります。
デザイン思考は、アイデアの創出と検証という、イノベーション プロセスの最初の 2 段階を効果的に行うために必要なスキルを個人が身に付けるのに役立ちます。デザイン思考について学ぶことをチームに奨励すれば、企業文化におけるイノベーションの価値が高まり、イノベーションについて共通の言語で語り合うことができ、誰もがイノベーションを身近に感じられるようになります。
創造力を養う
CSI:Lab は、3 つの主要な創造力を構築することに重点を置いています。
- 共感(ユーザーを知る): 共感とは、人が生き方、働き方、楽しみ方について持つ願望を理解しようと意識的に努力することです。従業員は積極的に他者の立場で考えることで、有用かつ斬新なアイデアを生み出しやすくなることが、研究によって次第に明らかになってきました。共感を通じて、相手のニーズや動機からインスピレーションを得て、そのニーズを満たす有意義な製品やソリューションを生み出すことができます。CSI:Lab のデザイン思考演習で最も重要な点のひとつは、ユーザーに焦点を当てることです。CSI:Lab のすべての演習は、製品やサービスを使用するユーザーについて話し合うところから始まります。
- マルチスケール思考(「10 倍スケールで考える」): アイデアの創出は、イノベーション プロセスのもうひとつの重要なステップです。ブレインストーミングの目的は質ではなく量であり、生み出されたアイデアの多くは役に立ちません。研究によると、グループが大きすぎるとブレインストーミング セッションの生産性が低下する傾向があります。セッションが監視または記録されている場合や、はじめの段階で参加者が自主的に作業できない場合も同様です。現状よりも 10% だけ良いアイデアではなく、10 倍良いアイデアを考え出すようグループに挑んでください。10 倍の影響力を発揮するにはどうすればよいか、という観点で考えることで、根本から新しい可能性が見えてきます。
- 実験(「プロトタイプドリブン」): 実験は解決への道を探る方法のひとつです。この段階でアイデアを試して実際のデータを入手し、続行すべきか、中止すべきか、微調整すべきかを見極めます。たとえば Google では、製品を一般公開する前に「dogfood」と呼ばれる内部テストを行います。また、新しいサービスのベータ版リリースによって、一般に広くリリースする前に社外のユーザーからフィードバックを集めることもあります。どうすればアイデアを試してフィードバックを収集できるか考えてみましょう。
CSI:Lab でデザイン思考を実践する
デザイン思考によって、問題を創造的に解決する能力が養われます。このプロセスでは、製品の開発ではなく人材の育成に重点を置き、組織内でイノベーションの活性化につながるスキルを教えます。たとえば、共感することができれば、ユーザーの立場や、どの問題の解決が最優先であるかについて理解を深めることができます。Google の研究者が、この共感力を意識して視覚障害のある一部の Android ユーザーと過ごす時間を増やしてみたところ、彼らの多くが端末のセットアップに助けが必要なことに気づきました。そこで Google では、有効化プロセス時にフォントを拡大したり、拡大率を上げたり、画面の読み上げをオンにしたりできる機能を追加しました。
Google の CSI:Lab は、より大きな規模で展開している Googler-to-Googler(g2g)プログラムの一部です。この g2g プログラムでは、Google 全社員に、社員同士が知識を共有して同僚から学ぶ機会を提供しています。Google の新入社員はオリエンテーションの一環として、勤務 2 日目に会社の重要な経営課題の解決をテーマとする CSI:Lab に参加します。CSI:Lab の全参加者は、学んだことを他の社員と共有して独自の CSI:Lab を実施するよう推奨されます。約 250 人のファシリテーターを擁する CSI:Lab によって、Google は活発なイノベーター コミュニティを発展し続けることができるのです。
イノベーション プロセスと一口に言っても、その様相は組織によって異なります。結局のところ、自社の人材と企業文化に適したプロセスを見つけるしかないのです。組織ですでに使われている言葉を使って、イノベーションを推進するメッセージを浸透させていきましょう。たとえば Google の CSI:Lab では、「ユーザー フォーカス」「10 倍スケールで考える」「プロトタイプドリブン」などの既存の Google フレーズを使用して、イノベーション プロセスの一般的な手順を明示しています。
下記の Google の CSI:Lab コース教材とファシリテーター ガイドの詳細をご覧になり、組織に合わせてカスタマイズしてお使いください。イノベーションについてメンバーそれぞれに考えてもらうためにどんな手法をとるにせよ、組織に最も適したやり方で、組織に合ったデザイン思考プロセスを構築することが重要です。
下のツールはカスタマイズしてご利用ください
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CSI:Lab レッスンプランとファシリテーター ガイド
CSI:Lab(Creative Skills for Innovation)ワークショップに参加すると、定義が不十分な問題に対しても適切なソリューションを見つけ出し、イノベーションを加速するための一連の手法やツール、マインドセットを身につけることができます。ワークショップの参加者は、複雑な課題を解くことを通じて新たなアプローチやソリューションを見つけ出し、セッション修了後には、今後担当するプロジェクトや起こりうる実際の問題にも応用できるスキルやツールを手に入れることができます。
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CSI:Lab のスライド
これらのスライドを CSI:Lab レッスンプランやファシリテーター ガイドとともに使用して、独自の CSI:Lab を実施してください。
デザイン スプリントを検討する
デザイン スプリントの目的は、新しいアイデアの立ち上げに伴うリスクを軽減することです。Google のデザイン スプリント フレームワークは、IDEO やスタンフォード大学 d.school などで実施された研究をもとに、GV(旧 Google Ventures)による長年の開発を経て 2010 年に誕生しました。このデザイン スプリント手法は、次の 5 つの段階で構成されています。
- 理解: 問題を明確化してチーム全員に共通の理解を持たせる。
- スケッチ: 幅広くアイデアを出し合い、そこから少数のグループに絞り込む。
- 決定: チームで話し合い、テストするアイデアを決定する。
- 試作: 検証が必要なアイデアのみ、短期間でプロトタイプを作成する。
- 検証: 実際のユーザーがチームのアイデアと接する様子を観察し、対象ユーザーからフィードバックを直接集める。