分析的アプローチを採用する

じめに

以前Google では、Google ツールバーの青の色合いを 42 種類用意し、最もクリックされる確率が高い色を特定する実験を行いました。「実験し、ユーザーの行動から学び、サービスを改善する」というアプローチは Google の製品開発やビジネス手法に深く根付いている考え方です。実際に Google 以外の多くの組織でも、製品開発や顧客エンゲージメント、ひいてはビジネスの実践においてこうした実験が広く使われています。そして、このようなデータに基づいたアプローチを人事の問題に適用しようというのが「ピープル アナリティクス」の考え方です。

「人事に関わるすべての意思決定には、データと分析に基づく情報が必要だ」~Google ピープル アナリティクスのモットー

Google のピープル アナリティクス チームは、人事に関わるすべての意思決定に、データに基づく情報を提供するために発足しました。当初は洗練された予測アルゴリズムや高度な予測ツールなどはなく、解決すべき人事の問題と組織のコンテクストを理解することから始めました。今では、幅広いデータや指標を作成、運用するだけでなく、仮説の検証、実験、学術研究の応用可能性の調査、モデルの構築、科学の応用などを通じて、Google 社員の「働く」を改善できるよう支援しています。

適切な疑問を投げかける

いきなりデータや指標の選択に取り掛かってはいけません。まずは、これまでに組織や業務について感じていた疑問を振り返ることから始めます。そのうえで、それらの疑問に対する答えを導き出すために、どういうデータが必要かを検討します。最初にじっくり時間をかけて、何が問題なのかを明確に定義しておくことが重要です。

組織にとって最も重要な問題や疑問を定義するにはどうしたらいいでしょうか。まずは企業や組織にとっての緊急の課題を理解し、それらの課題を解くためにはどのような人事方針、人事制度が最適かを検討しましょう。どのような課題において、ピープル アナリティクスが有効かは、以下の 3 つの要素に注目してください。これらは、米国で健康管理の改善に利用されているトリプルエイム(3 つの目標)フレームワークを応用したものです。

**1.有効性。 **人事に関わる制度、方針、プロセスが、適切な成果につながっているでしょうか。たとえば採用プロセスであれば、その有効性を高めることで、より優れた人材を獲得できるようになります。

**2. 効率性。 **同じ成果を、より短い期間、より少ない費用、より少ない人数で実現することはできないでしょうか。採用の例で言えば、効率性を高めることによって、採用 1 人あたりの費用を抑えることができます。

**3. エクスペリエンス。 **人事とは、文字通り「人」に関わる事柄です。人事制度やそのプロセスにおいて、個人のエクスペリエンスは改善されているでしょうか。採用で言えば、面接や面接官とのやり取りについて、候補者がどう感じたかを測定できれば改善につながるかもしれません。

これら 3 つの要素の重要性のバランスは、組織の文脈によって異なります。最善なのは、有効性、効率性、エクスペリエンスの 3 つを同時に改善することですが、これらの項目間は矛盾が生じることも少なくありません。1 つの要素を改善するとき、他の要素に影響が出ないか、望ましくない影響を最小限に抑えるにはどうしたらよいかを常に考える必要があります。

アナリティクスのバリュー チェーンを理解する

課題を明確に定義したら、アナリティクスのバリュー チェーン(価値連鎖)を使って課題を整理します。アナリティクスのバリュー チェーンとは、分析のプロセスをバリュー チェーンとして捉えたものです。チェーンを 1 段階上がるたびに、取り組みが必要になりますが、その分付加価値も高まります。バリュー チェーンの「意見」から「情報に基づく対応策」まで段階を上がるには、課題について深く考察し、理解、評価、分析する必要があります。

あらゆるアイデアを、それらを裏付けるデータの量がどれぐらいあるかによって並べてみると、データがないものつまり「意見」)からデータから導かれた仮説までと濃淡があることに気づきます。データの裏付けがなければ意見の出し合いとなるだけで、自分の意見を通そうとする方向に動きがちです。Netscape の元 CEO ジム バークスデールは次のように言っています。「データがあるならデータを見よう。皆が意見しか持っていないなら、私の意見に従おう」。

意見自体は悪いものではありません。しかし、意見を裏付けるデータがあれば、対応策を提案するときに説得力のある主張ができます。たとえば、「社員による経費報告書の作成に時間がかかっている」というのは単なる意見です。データの裏付けがない意見は説得力がなく、あまり有益なものではありません。データがあれば、「昨年 1 年間で経費報告書の作成に100,000 時間かかっていた」と説明できます。まだ対応策には程遠いものですが、単なる意見よりずっと説得力があり、解決策を考えるうえで価値ある第一歩となります。

データがあれば、有用な指標を作成して問題をより明確に定義することができるようになります。データ分析を通じて解決策やインサイトを見いだせるかもしれません。たった 1 つのインサイトが仮説の根拠となり、それを検証することで課題の解決につながる可能性もあるのです。

アナリティクスのバリュー チェーン

データと指標を選択する

分析しようと決めたら、必要なデータが何かを考える前に、つい手元にあるデータで作業を始めたくなるものです。Google のピープル アナリティクス チームでは、まず課題の理解に時間を割くことから始め、その解決のために何を評価すべきか選択するように努めています。適正なデータや指標の選択よりも、適切な質問を投げかけ、明確な仮説を立てることが重要です。

データと指標はどう違うのでしょうか。「四半期中の採用人数」はデータです。「四半期中のすべての新規採用にかかった費用」もデータです。この 2 つを組み合わせて(後者を前者で割って)算出できるのが、「採用 1 人あたりの費用」という指標です。個別のデータよりも、指標のほうが情報価値は高いといえます。指標にすることで、時系列でデータを分析したり、グループ間で比較したりして、傾向やパターンの把握ができます。事例として、Gap のワークフォース アナリティクス チームが収集したデータや指標の一部と、それらから組織についてどのようなインサイトが得られたかをご覧ください。

これらのデータや指標には、人事システムから簡単に算出可能な場合もありますが、能動的に集めなければ入手できないデータもあるかもしれません。たとえば、社員のやる気、感じていること、信念などは、本人に聞いてみないとわかりません。Google の場合は、「Googlegeist」という社員アンケートを毎年実施し、Google 社員が上司、チーム、組織、企業文化についてどう感じているかを調査しています。アンケートの作成について詳しくはこちらをご覧ください。

統計に基づいた推論

データや指標の活用において重要なのは、それらから推論を導き出せるかどうかです。統計は、データを解釈し、結論を見極めるための有効な手段です。平均値の算出から回帰分析の t 検定まで、統計の理解が不可欠です。統計の知識は、Khan Academy の数学や確率のコース無料で身に付けることができます。

統計は強力なツールですが、落とし穴がないわけではありません。博士課程で統計学を学ぶアレックス レインハート氏は、Statistics Done Wrong」の記事において、科学者でも陥るよくある統計手法の誤りを指摘しています。ここでは、心に留めておくべき落とし穴を 2 つ紹介します。

相関関係=因果関係ではない

2 つの変数が相関している(たとえば、相互に関連していて同じ方向へ動く)ことがあります。しかし、相関しているからといって因果関係があるとは限りません。ブログSpurious Correlations(疑わしい相関関係)に、いくつか例が紹介されています。

平均への回帰

「平均への回帰」とは、たとえば両親の身長が「非常に」高ければ、その子どもは両親より背が低くなる傾向があるなど、時間とともに平均に近づく傾向にある(回帰する)現象を説明する統計概念です。改善したように見える場合(たとえば、成績が悪かった選手が新しいチームに移籍して活躍する)と、衰退したように見える場合(たとえば、スター選手を集めたチームの成績が下降する)がありますが、どちらもただ平均に回帰しているだけです。

データからストーリーを紡ぐ

動かしがたい事実や、説得力のある統計データの裏付けがあったとしても、何らかのアクションが即座に取れるわけではありません。アクションは、説得力のあるストーリーから生まれます。データによる裏付け、オーディエンスにあわせた最適化、そしてわかりやすい説明が必要なのです。

相手を知る: 説得する相手一人ひとりについて、何に意気込みを感じているか、どのような形で情報を伝えたら受け入れてもらいやすいかを知っておくことが重要です。相手の職務範囲に関連するデータと提案を用意しておきましょう(たとえば、採用担当の課長には雇用データ、福利厚生担当の課長には健康管理データなど)。また、資料を事前に送っておくことも、打ち合わせやプレゼンテーションをより実りあるものにするために予め検討してください。

短く簡潔に: 伝えたいことを 3 分以内で説明できるよう要約しておきます。以下のような状況が起きたときも柔軟に対応できます。

  1. いわゆるクラシックなエレベーターピッチ。偶然居合わせた上層部のリーダーなどに仕事の状況を簡潔に説明しなければならないようなとき
  2. 意思決定者との会議で、持ち時間が大幅に短縮されてしまったとき

ストーリーボード(絵コンテ): 何も書いていない白紙を用意します。最初からプレゼンテーション資料を作ろうとはしないでください。重要な基本の構成要素は、データ分析の文脈、分析結果、行動を促すフレーズです。

水平方向と垂直方向に論理を構成する: ストーリーボードが完成したら、分析や提案に基づいてプレゼンテーション資料を作成します。作成にあたっては、各スライドのタイトルしか読んでもらえない可能性を考慮に入れましょう。聞き手の説得を要する展開になって、初めて詳細を読み始めるという可能性さえあります。重要なのは、ストーリーの論理が水平方向と垂直方向にうまく流れるようにすることです。

  • 水平方向の論理とは、各スライドの表題を追うだけで、文脈、分析結果、行動を促すフレーズからなるストーリーを理解できるようにすることです。トピック間の流れをわかりやすくする必要があります。各スライドの表題を箇条書きにしてエグゼクティブ サマリーを作成し、最も重要なポイントを表す効果的な題名を付けましょう。

  • 垂直方向の論理とは、各スライドの表題を補強するすべての情報です。表題から外れた内容、付け足し的な内容、重要でない情報は排除するよう注意してください。従来の垂直方向の論理では、スライドの最後にも重要なポイントを記載します。これによりトピックを補強しつつ、話をまとめることができます。

結果に基づいてアクションを起こす

分析、実験、調査に続く最後のステップは、それらの結果に基づいたアクションの実行です。またアクションプランは、結果を見てから立てるほうが効率的です。ここでは、インサイトや結果に基づいて組織に変化をもたらす手順を紹介します。

アクションプランの基本事項を決める

  1. アクションプランの実行責任者
  2. 日程いつまでに何をすべきか)
  3. アクションプランの目標達成を測る指標(例: 研修の参加率 100%)
  4. 関係者への報告日程(例: 毎月、四半期ごと)
  5. 社員に結果を知らせる方法

組織に対して、現状を変える提案をすると、何らかの抵抗に遭うことがあります。プラン実行の障壁になりそうな問題は前もって特定し、それらをどう克服するか対策を立てておくことをおすすめします。

障壁となりそうな問題の

  1. 否定: 「今回の結果はたまたまそうなっただけだ」
  2. 分析まひ: 「もっとデータを集めて詳しく分析しよう」
  3. 変化への抵抗: 「こんな変化は無理がある。今のままで十分に機能している」

分析結果に基づいて対応策を定義、検討し、実行に移すまでの各段階において、組織内の適切なリーダーに参加してもらいます。そうすればアクションプランへの支持も得られるでしょう。上記の課題を克服するために先頭に立って働きかけてくれる可能性もあります。