従業員アンケートを実施する
従業員アンケートを実施する
はじめに
2004 年のことです。ラリー ペイジとセルゲイ ブリンは、当時 Google の人事を担当していたステイシー サリバン(現チーフ カルチャー オフィサー)にある指示を出します。それは、Google 社員へ仕事に対する考え方を インタビューして報告せよ、というものでしたが、その時点で、Google は数千人の社員を抱える企業に成長していました。従業員の気持ちを読み取るには、過去に行ってきた対面式のインタビューではもはや効率が悪く、厳密な評価ができないことにサリバンは気付き、Google で最初の従業員アンケートを実施することになりました。
アンケートは、組織に関するデータを集めるのに最適な方法です。年 1 回の従業員アンケート、従業員からマネージャーに対するフィードバック フォーム、研修後の評価などその目的はさまざまですが、いずれの場合も、従業員から直接データを集めることで意思決定に役立つ情報が得られ、組織としての活動を方向付けることができます。
「きちんとしたアンケートは手間がかかるが、いい加減なアンケートはやる意味がない」~ Google 社員のモットー
アンケートの作成は、一種のサイエンスです。ミシガン大学、ハーバード大学、デューク大学などの多くの学術機関が厳格なプログラムを設置して、科学的に検証された方法論を発表しています。
アンケートを実施する前に目標を明確にする
アンケートを実施するにあたり、まずはゴールを考えます。アンケートの結果を踏まえてどのような対応をとることになるか、いくつもの意思決定を下す準備はできているか、あるいは結果に基づき現状を維持する事柄はどれか、などです。最初のアンケートの質問を作成する前に、以下を自問してみてください。
このアンケートは、組織内のどのような課題の解決に役立つのか
- アンケートの目的を明確に述べられるか?
- アンケートの骨子となる質問を簡潔に述べられるか?
- このアンケートについてリーダーからの支持が得られるか?
- アンケートの仮説がしっかりしているか?
上記の質問の中に「はい」と答えられないものが 1 つでもあれば、他のデータソース(従業員へのインタビュー、フォーカス グループなど)から情報を集める方がいいかもしれません。 また、アンケートが適切なアプローチではない可能性もあります。
アンケートの結果を踏まえて対応できるという確証があるか
- アンケートを実施するだけでなく、結果を分析して発表する時間やリソースを確保できているか?
- 誰を回答者として設定すべきか把握しているか?意思決定の判断材料となる十分な回答が得られるか?
- 組織には、アンケート結果に基づいて対応しようという意欲があるか?
- 組織は、どのような内容であれ、結果を客観的に受け止め、その結果を信頼して対応してくれるか?
選択式質問と自由回答式質問について理解する
Google で実施するアンケートでは主に、2 種類の質問を使っています。
1)選択式質問: 回答の選択肢があらかじめ複数用意されています。母集団全体で回答パターンを比較したり、回答を数値データに変換して統計的に分析したりできます。また、個人やグループの回答の経時的変化を追跡調査する場合にも便利です。選択式質問の回答にはいくつかの形式があり、特によく利用されるのが次の 2 つです。
名義尺度(分類尺度)
- 「はい」または「いいえ」、正誤式
- 部署や職種(営業、運用、エンジニアリング)
- 地域(北部、南部、東部、西部)
順序尺度
- 特定の数値範囲(1~5、あるいは「なし」・「1 回」・「2 回」・「3 回以上」)
- リッカート尺度(「まったくそう思わない」、「そう思わない」、「どちらとも言えない」、「そう思う」、「非常にそう思う」)
2)自由回答式質問: 回答の選択肢を用意せずに回答してもらいます。この種の質問を設けることで、選択式質問の背景を知ることができます。また、質問に対する回答の選択肢として何を設定すべきか不確かな場合、または回答内容を限定したくない場合にも適しています。たとえば、「ここで働くことについて一番満足している点は何ですか」、「従業員の自主性を高めるためのアイデアを 1~2 個挙げてください」、「自宅で仕事をするのは 1 か月に平均何日くらいですか」などの質問が該当します。
質の高いアンケートを作成する
アンケートの作成は一見簡単そうに見えますが、回答者は質問の意味がわからないときに作成者に聞くことができません。そのため、あいまいさのない簡潔な質問を作成する必要があります。Coursera とミシガン大学が提携して提供しているアンケート作成の基本に関する短いオンライン コースから、いくつかのヒントをご紹介します。
簡潔でわかりやすい表現を使用する。
簡潔な文章や一般的な表現を使用することで、回答者の負担を大幅に軽減できます。アンケートの言語が母語ではない人に回答してもらう場合は、特に効果的です。わかりにくい言葉があれば、その言葉を鉤括弧で囲って明確に説明する(たとえば「総合的な健康」の定義として「精神的、肉体的、財政的に健全な状態」と説明する)など、定義するようにします。
くだけすぎた文章にしない。
おもしろい質問は喜ばれるかもしれませんが、信頼できるデータが得られることは少ないため、ユーモアを差し挟むのは、アンケートの依頼文や紹介文だけにしておきましょう。
アンケートはできるだけ短くする。
回答者はアンケートが長いと感じがちです。
質問の裏にどのような意図が隠れているのか、考えを膨らませる可能性があることに配慮する。
たとえば、報酬の増額や従業員の削減の可能性について質問した場合、多くの回答者が昇給を期待したり解雇を恐れたりするかもしれません。こうした内容は不必要な期待や不安を抱かせるだけでなく、回答にも影響を及ぼす可能性があります。質問を作成するときは常に、「回答者はこの質問にどのような意図があると感じるだろうか」と自分自身に問いかけてください。
回答者が答えられないような質問をしない。
たとえば「RQFP または FLEEM を使っていますか」という質問は、これらが何か知らない人にとっては無意味です。「わからない」という選択肢を用意したとしても、回答者を惑わせたり知識不足だと感じさせたりすることは好ましくありません。
自由回答式質問に頼りすぎない。
自由回答式質問は、分析に多くの時間が必要になることがあり、場合によっては回答するのも時間がかかります。自由回答式質問が多数必要になると判断した場合には、アンケートではなくインタビューやフォーカス グループの利用を検討してみましょう。アイデアを広く集めるにはアンケートが適しているという考え方もありますが、アイデアの質は、多くの場合、それを考え出すのに費やした時間に比例するものです。簡単な自由回答式質問から画期的なアイデアがもたらされることは、ほとんどありません。
アンケートの質問の例として参考になるのが、米国の連邦政府職員意識調査(FEVS)です。米国人事管理庁(OPM)では毎年、全行政機関を対象として職員の満足度を測定し、その結果を調査項目とともに公表しています。
アンケートの質問作成において注意したい点
アンケートに適した質問を作成するためのガイドラインは多数あります(Coursera とミシガン大学が提供しているアンケート作成に関するコースなど)。ここでは、Google のピープル アナリティクス チームが気を付けている注意点をいくつかご紹介します。
1: 二重質問
二重質問とは、1 つの質問に 2 つの問いかけを含む質問です。このような質問はわかりづらくなることがあります。質問の中で接続詞(「と」、「または」など)を使用する際には注意しましょう。
悪い例: 「貴社のバイス プレジデントとディレクターは、組織全体のイノベーションを奨励していますか。」 バイス プレジデントはイノベーションを奨励している一方、ディレクターは奨励していない場合はどうでしょうか。この質問ですと従業員は回答に困ってしまいます。質問を分けて適切に回答できるようにしましょう。
良い例: 「貴社のディレクターは、組織全体のイノベーションを奨励していますか。」
2: 誘導尋問
誘導尋問とは、回答者を特定の答えへ誘導するような質問です。そして多くの場合誘導尋問に沿って答える方が回答者も楽です。結果として、このような質問はデータにバイアスをかけてしまいます。
悪い例: 「製品評価にもっと時間を費やすべきだと思いませんか。」
良い例: 「製品評価にもっと時間を費やした場合、新商品の成功率は向上するでしょうか。」
3: 漠然とした質問
漠然とした質問は、回答者を混乱させ、回答の信頼性を損なうことになります。すべての回答者がまったく同じように理解できる質問を作成することを目指してください。
悪い例: 「業績評価についてどう思いますか。」
これでは、質問内容が業績評価の運用についてなのか、作業の負担についてなのか、あるいは有効性についてなのか、はっきりわかりません。
良い例: 「直近の業績評価の期間中にあなたへ割り当てられた作業量について、どの程度満足していますか。」
4: 広範過ぎる質問
質問が具体的過ぎると回答内容の幅が狭くなってしまう場合があります。しかし、質問が広範すぎても回答者を惑わせるだけです。
悪い例: 「この人をどの程度知っていますか。」
この場合、「知っている」とは何を意味するのでしょうか。自分が評価しようとしていることは何かを考え、それに的を絞った質問をしましょう。アンケートでは常に、表現の的確性が一般論に勝るのです。
良い例: 「この四半期にメールや電話、会議などでこの人とやり取りしたことは何回くらいありましたか。」
5: 選択肢の不足
選択式質問をする場合は、選択肢を網羅的にする、つまり回答者が選択できる回答をもれなく用意する必要があります。試験的アンケートを実施して、足りない選択肢を確認してください。「その他」、「わからない」、「該当なし」などの選択肢を設けましょう。
6: 選択肢の重複
選択肢は、網羅的であるだけでなく、相互に排他的であることも必要です。回答者に選択肢の中から 1 つだけ選ぶよう求める場合、選択肢の内容が他の選択肢と重複しないようにする必要があります。
悪い例: この会社に勤務して何年になりますか。A)1 年未満、B)1~2 年、C)2~3 年、D)3~4 年、E)5 年以上
3 年勤務している従業員の場合、C と D のどちらも選択できることになります。
良い例: この会社に勤務して何年になりますか。A)1 年未満、B)1 年以上 2 年未満、C)2 年以上 3 年未満、D)3 年以上 4 年未満、E)4 年以上
7: 回答が「必須」の質問
回答者は、回答必須の質問がない方が安心してアンケートに取り組めます。これにより回答者の信頼を築き、回答を強制されることにより生じるデータの歪みを防ぐことができます。「該当なし」という選択肢を設けるのも 1 つの方法です。特定の質問に対する回答がどうしても必要な場合は、アンケートの文中でその理由を回答者に説明しましょう。
アンケートを実際に回答してみる
アンケートを実際に回答してみることにより、例えば以下を確認できます。
- 意味がわかりづらい、あるいは表現が拙い質問や回答の選択肢を排除する
- アンケートを依頼するうえで必要となる、所要時間を確認する
はじめに、いくつかの質問や指示を非公式に試してみることをおすすめします。関係者とともに質問の見直しを行い、アンケートに対する支持やアイデアを集め、疑問点や質問に応じます。アンケートが完成したら、参加者を集めてアンケートを実際に試してみます。複数の人が 1 つの部屋に集まってアンケートに回答することにより、お互いから学べることが数多くあります。
匿名、機密扱い、または記名式を選ぶ
アンケートを作成する前に、匿名、機密扱い、記名式のどの方式にするのかを決めましょう。
匿名のアンケートでは、背景情報がデータに関連付けされることはありません。したがって、回答者を特定することはできません。
- 長所: データと回答者の関連付けができないため、回答者が正直に回答しやすくなります。
- 短所: 結果を別の変数(部門、場所など)で絞り込みたい場合、回答者にその情報を明記するようアンケート時に依頼する必要が生じます。その結果アンケートが長くなり、データが不完全になったり信頼性が低下したりする可能性があります。
機密扱いのアンケートでは、それぞれの回答に一部の背景情報が関連付けられますが、その情報が回答者の回答と一緒に公開されることはありません。この背景情報は、データの分析担当者のみが調査結果を適切に解釈する目的で使用できます。
- 長所: 回答者に統計学的な属性情報を尋ねる必要がないため、アンケートが短くなります。また、さまざまな方法でデータを絞り込むことができるため、はるかに有意義な形でデータを利用できます。
- 短所: データの機密性保持に関する適切なルールを策定し、回答者に伝える必要があります。
記名式のアンケートでは、回答者の個人情報と回答が明示的に関連付けられ、アンケート結果とともに共有されます。この方法は通常、話題がきわめて無難である場合や、回答データに基づいて回答者へフォローアップする必要がある場合にのみ使用します。
- 長所: 回答者へのフォローアップが容易であり、回答内容をさらに詳しく尋ねたり、掘り下げたりするための質問もできます。
- 短所: 回答者が誰なのか明示されるということを、回答者が十分認識しているかどうか確認する必要があります。そうしないと、従業員との信頼関係を損なう恐れがあるだけでなく、回答内容によっては従業員を苦しい立場に追い込む可能性さえあります。
適切な調査対象を選ぶ
Google のピープル アナリティクス チームでは、アンケートの労力と調査対象について絶えず検討しています。つまり、対象母集団の全員がアンケートを受ける必要があるかということです。この方法が有効な場合もあります。たとえば、集団の規模がかなり小さい場合や、大人数の参加を明示的に求める場合(会社で全従業員を対象に毎年実施されるアンケートなど)です。しかし、このような例外を除けば多くの場合、回答者のサンプルを抽出してアンケートを実施することで、母集団全体を対象としたアンケートと同じくらい有益で説得力のあるデータを得られます。
単純無作為抽出法は労力のかからない手法です。アンケート参加を依頼される確率は母集団全員同じで、確率がゼロという人はいません。単純無作為抽出法の基本的な進め方は次のとおりです。
- 対象母集団の構成員の名簿を入手します。
- 乱数表を用いて、対象母集団の名簿に載っている各構成員に番号を割り振ります。
- 上位 n 番までの構成員を抽出します。
単純無作為抽出法の主な欠点は、会社のごく一部の範囲から少人数の参加者が抽出された場合、その母集団に関する結論を導けないというリスクがあることです。そのため、たとえば世界規模でアンケートを実施する場合には層化抽出法と呼ばれるより高度な手法を用いることができます。この抽出法では、対象母集団をいくつかのグループ(層)に分け、その大きさに比例して各グループから参加者を無作為に抽出します(北米の営業部から 10%、ヨーロッパの営業部から 10% など)。ある程度の手間がかかり、適切なグループの特定が難しい場合もありますが、この手法であれば確実に、対象母集団を構成するすべての重要な下位グループからサンプルを抽出できます。
アンケートにおけるサンプルの抽出方法は、ハーバード大学調査研究プログラムのドキュメントに詳しい説明があります。
効果的なアンケート依頼文を書く
アンケートの作成を終えたら、次は、回答者にきちんと回答してもらうことに注力しましょう。アンケートの回答率を上げるための工夫できるポイントをいくつかご紹介します。
知人から依頼することで回答率を上げる。可能な場合は、回答者の上司やリーダーからアンケートへの参加をすすめてもらいましょう。
関連性が重要。アンケートの目的が、調査対象集団の関心事と一致しているか確認しましょう。質問内容が回答者にとって意味のある事柄であれば、回答してもらえる可能性が高くなります。
できるだけ詳細を説明。たとえば、アンケートの目的、所要時間、終了日、調査結果の取り扱いなどについて明確に述べます。
短い文章が効果的。簡潔で丁寧かつ的確な依頼文にしましょう。伝える情報が多い場合は、よくある質問を集めた文書(FAQ)を別途作成し、依頼メールにFAQのリンクを含めましょう。